大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和31年(ネ)326号 判決

控訴人 被告 鶴田トラ

訴訟代理人 諫山博

被控訴人 原告 貞島新吉

訴訟代理人 松下宏

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は佐賀県神埼郡神埼町大字田道ケ里字駅二本松二二七六番二、家屋番号同大字第一八五号の建物につき昭和二十八年五月十一日なした表示変更登記(第四号)の抹消登記手続をなし、表示番号第三号に回復登記手続をなすべし。

被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は、本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする、との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、控訴代理人において、現存建物である木造ルーヒング葺二階建居宅建坪十一坪二合五勺外二階六坪が木造瓦葺平家建牛鶏舎建坪六坪の焼け残りの材料を一部利用していることは事実であるが、その利用方法は牛鶏舎の焼け残りを一度壊してしまい、原形をなくし、その跡に以前の建物とは無関係に現存建物を新築したものであり、その際取り壊した材料を新築建物の一部に利用したというにすぎない、したがつて牛鶏舎の焼け残りを建て増して現存建物ができあがつたものではない、牛鶏舎のときは建坪は六坪で、瓦葺の平家であり、畳建具を備えていなかつたが、現存建物はルーヒング葺二階建で、建坪も大きく、畳建具を備えて住居に適するようになつている、以前の牛鶏舎の面影はどこにも残つていない、従つて焼けた牛鶏舎と現存建物とが同一性をもつているとは考えられない、なお右新築建物を除いたその余の本件物件は、もともと訴外鶴田良雄の所有に属し、同人名義に登記されていたが、控訴人が擅に贈与に因る取得登記をなした上で根抵当権の設定をしたので、昭和三十二年九月十二日訴外鶴田良雄より控訴人に対し佐賀地方裁判所に登記原因無効による所有権移転登記抹消請求の訴が提起され、同年十一月十四日控訴人はその請求を認諾し、同月二十七日、昭和二十三年十月八日受付第七七六号を以つてなした同日附贈与を原因とする右訴外人より控訴人に対する所有権移転登記は抹消され、控訴人が所有者でないことが確定したのであるから、被控訴人が競落によりその所有権を取得しうべき筋合のものではなく、被控訴人の請求は失当である、と陳述し、証拠として乙第三、四号証の各一、二、第五ないし第七号証を提出し、当審における証人米倉信郎、森光士、森末吉、鶴田平治、角田秀男、鶴田良雄(一、二回)の各証言及び控訴本人の供述並びに検証の結果を援用し、甲第三、四号証の成立を認める、甲第五号証の三及び八は不知、同号証の四ないし七は控訴人関係部分の成立を否認し、その余の部分は不知(ただし同号証の六及び七中鶴田平治の住所氏名印影の成立を認める)、同号証の九及び十は成立を否認する、これはその日附ではなく係争建物の焼失後に保険金受領額の増額を目的として保険会社及び佐賀中央銀行が作成したものである、と述べ、被控訴代理人において、控訴人主張日時その主張どおり訴外鶴田良雄より控訴人に対する所有権移転登記が抹消されたことは争わないが、右抹消登記申請をなすについてはその抹消につき登記上利害の関係を有する第三者、すなわち本件においては根抵当権者である訴外株式会社佐賀中央銀行の承諾書又はこれに対抗しうる裁判の謄本を添付しなければならないのに、これを添付せず、登記官吏が過つてその申請を受理した結果抹消登記がなされたものであつて、控訴人は右の抹消を以つて右訴外銀行、従つて競売により所有権を取得した被控訴人に対抗することができないから、控訴人のこの点に関する主張は理由がない、また控訴人の主張する認諾は為にするもので無効であることは諸般の事情、ことに十年前の法律行為の効力を今日に至つて云々するものである点よりみて明かであり、被控訴人に対抗できない、と述べ、証拠として甲第三、四号証、第五号証の三ないし十を提出し、当審における証人貞島ますゑ及び栗山安一の各証言並びに被控訴人の供述を援用し、乙第三、四号証の各一、二は不知、乙第五ないし第七号証の成立を認める、甲第五号証の九及び十が本件牛鶏舎の罹災後作成されたものであるという控訴人の主張は認める、と述べた外原判決事実摘示どおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

原判決末尾記載の建物(木造ルーヒング葺二階建建坪十一坪二合五勺外二階六坪とある部分が木造瓦葺平家建牛鶏舎建坪六坪となつていた)が登記簿上控訴人の所有名義となつていたこと、昭和二十四年七月八日訴外株式会社佐賀中央銀行がこれにつき根抵当権を設定し即日その登記をなしたこと、其の後訴外銀行から右抵当権の実行として競売の申立がなされ、昭和二十八年二月二十五日その登記がなされ、競売手続進行の結果同年四月三日被控訴人に競落を許す旨の決定があり、同年九月二十九日同決定が確定し、同年十一月十四日被控訴人が競買代金を支払つたこと、右建物のうち附属建物の一つである木造瓦葺平家建牛鶏舎建坪六坪が昭和二十五年四月十五日火災に罹つたこと、昭和二十八年五月十一日控訴人は右附属建物の滅失を原因として、建物の表示を右附属建物を含まない部分とする表示変更登記をなしたこと、右表示変更前の本件建物全体はもと訴外鶴田良雄の所有に属し、同人名義に登記されていたものを昭和二十三年十月八日控訴人が贈与に因り取得したとして所有権取得登記を経由したものであるが、右訴外人は右登記は控訴人が擅になしたものであるとして昭和三十二年九月十二日控訴人を相手として佐賀地方裁判所に登記原因無効による所有権移転登記抹消請求の訴を提起し、同年十一月十四日控訴人はその請求を認諾し、同月二十七日、昭和二十三年十月八日受付第七七六号をもつてなした同日附贈与に因る右訴外人より控訴人に対する所有権移転登記が抹消されたが、右抹消につき前記根抵当権者の承諾がなかつたこと、現在前叙表示変更後の建物につき訴外鶴田良雄が所有名義人となつていること、以上の事実は当事者間に争がなく、被控訴人の主張するところによれば、前記表示変更の結果、変更前の建物の表示でなされた所轄法務局に対する競落人の所有権登記の嘱託が受理されないため、被控訴人は右表示を原状に回復して競落登記の嘱託が受理されるようにするため本訴を提起したというのである。

そこで先づ前記附属建物(牛鶏舎)が火災により滅失したか、それとも火災後修理改築されて木造ルービング葺二階建建坪十一坪二合五勺外二階六坪として存続し、建物としての同一性を失わないかどうかについて判断するに、原審並びに当審証人森光士、原審証人増田正住、同福田美市、当審証人米倉信郎、同森末吉の各証言、原審における検証及び鑑定の結果、当審鑑定の結果、当審証人鶴田良雄の証言(一回)の一部を綜合すれば、右附属建物は、元来、床コンクート叩き、練瓦積の基礎上に建坪六坪の木造杉皮葺の牛鶏舎として建設され、北側その他外廻りの大部分は土壁で囲まれ、東側に出入口及び幅二尺前後の庇を有し、火災前には鶏舎として使用され、平家建であつたが屋根の下に屋根裏又は中二階風の板敷の部屋が設けられ、屋根との間隔上住居には使用不可能であつたが、物置又は鶏卵フ化用に充てられていた、ところが昭和二十五年四月十五日火災及び防火活動によつて屋根の全部と北側外壁の大部分が崩れ去り、相当の損傷を蒙つたので、控訴人家族において翌二十六年八月ないし十月頃これに改修を加え、木造ルーヒング葺二階建となし、北側に約三坪、東側に約一坪半の簡素な下屋をおろしたが、建物の主要部分である六坪の部分は、従前の基礎の上に焼残つた十数本の柱が立つているのに、切継ぎ又は継ぎ材をほどこし、同様焼残りの梁、桁等を利用し、これに屋根板、棟木、垂木、束、仕切、板張等の大部分を新に補充して粗末な二階建住居向に改装し、軒高において従前より一尺五寸ないし二尺位高くし、土壁の部分は背板張りとしたものであることが認められ、右改築前後の建物を比較するに、その外観、規模及び用途において相当の変化が認められるが、改築後の建物の主体である六坪の部分は、主要構造たる床、基礎、柱、梁等に著しい異動はなく、二階部分を拡張したり、階段をつけたりした点が目立つ程度で、全体としての構造に外観ほどの模様替えはなく、北側及び東側の下屋の如きは旧建物の附属物であつてその面目を一新するほどのものとは思われないから、旧建物と改築後の建物とは結局同一性を失わず、従つて旧建物たる牛鶏舎は滅失したものではなく、木造ルーヒング葺二階建建坪十一坪二合五勺、二階六坪の建物として存続すると認めるのが相当であり、右認定に反する乙第一号証の三、第二号証、第五号証、原審証人石井武男、当審証人鶴田平治、角田秀男、鶴田良雄の各証言は措信せず、その他右認定を左右するに足る資料はない。そうだとすれば、控訴人のなした前記表示変更登記は事実に吻合しない無効な登記であるという外はない。

ところで不動産登記法の改正(昭和二十六年四月二十日法律第一五〇号)により不動産の表示変更登記申請に利害関係人(本件では根抵当権者)の承諾を要しないこととしたのは、(同法第八十一条、第九十三条の新旧規定参照)不動産の表示変更は、それが事実に合致する限り第三者を害する虞がないということが主たる改正理由であり、真実変更登記をなす理由がないにも拘らず所有名義人がみだりに表示変更をなし、これによつて抵当権者その他の利害関係人の権利を害することまで許す趣旨でないことは明かであり、従つて本件におけるが如く、抵当権設定登記がある家屋中、附属建物のうちの一棟が火災により滅失していないにも拘らず、これを滅失したものとして該家屋の表示変更登記をなすのは、明かに抵当権者又は抵当権の実行により右家屋の所有権を取得した競落人の権利を害するといえるから、この場合競落人たる被控訴人は控訴人に対し前記変更登記の抹消と旧表示の回復登記手続をなすことを求めることができるといわねばならぬ。

控訴人は、もともと本件建物全体の所有者は控訴人でないことが認諾により確定したのであるから、被控訴人が競買によりその所有権を取得するわけがない、と抗争するので、右抗弁について考えるに、控訴人がその主張の経緯により本件建物の所有名義を失つたことは前叙のとおりであるところ、成立に争のない乙第七号証、当審証人鶴田平治の証言、控訴本人の当審における供述、その他口頭弁論の全趣旨によつて認められる次の事実、すなわち本件物件の前所有者訴外鶴田良雄は控訴人の長男であり、家政の事実上の主宰者であつたこと、問題の牛鶏舎の修築は良雄とその兄弟等家族が協力の上これをなしたものであること、本件建物全部に控訴人が根抵当権を設定した昭和二十四年七月八日当時控訴人は次男平治その他の親族で組織する同族会社である主債務者佐賀農産工業株式会社の代表取締役であり、被担保債権は同会社の資金繰りの必要上生じた借入金であつたこと、右良雄は本件家屋が昭和二十三年十月八日控訴人名義に登記された後及び本訴提起後においても相当期間本件物件が控訴人名義に登記されていることを知りながら(自ら右物件に関する税金を納付したり、又は本件において証人として訊問されている)何等これにつき適切な手段を講ぜず、本件が第一審において控訴人の敗訴に帰し、当審における審理が終末に近づいた頃、すなわち昭和三十二年九月十二日に至り突如として登記原因無効に因る登記抹消の訴を提記し、控訴人は右事件の第一回口頭弁論期日において請求の認諾をなしたこと、以上の諸事実を総合すれば、控訴人のなした認諾は本訴を有利に導くため控訴人と通じてなした虚偽の意思表示であると推断するに十分であるから、右認諾は無効であり、本件建物はその競落前は控訴人の所有に属していたもの、従つて競落により被控訴人がその所有権を取得したものと認めるのが相当である。

もつとも控訴人が現在本件家屋の所有名義人でないことは前段に述べたとおりであり従つて控訴人は現在前叙のような表示変更登記の抹消と旧表示えの回復登記をなしうる地位にないように見えるけれども、控訴人の所有権登記の抹消は抵当権者である訴外銀行の承諾なしになされた無効のものであり(不動産登記法第百四十六条参照)、控訴人の所有名義が回復される可能性がないとはいえない(抵当権者である訴外銀行が控訴人に代位して鶴田良雄とともに申請することにより回復できる――昭和三十四年二月二十三日法務省民事局長回答参照)から、被控訴人において本件表示変更登記の抹消と旧表示の回復登記手続を控訴人に請求する訴の利益がないとはいえない。

そうだとすれば、控訴人の右抗弁は失当であり、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し前示変更登記の抹消と旧表示えの回復登記を求める限度において正当であるが、右回復登記後本件家屋の表示を現状と一致せしめるための表示変更登記手続を求める部分は理由がなく(これは被控訴人が競落による所有権取得登記を受け所有名義人となつた上で物件の表示を現状に符合するよう変更登記をなせば足り、現在これを控訴人に訴求する根拠に乏しい)、この点に関する控訴は理由があるから、原判決を主文第一項のとおり変更し、訴訟費用は第一、二審共控訴人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林善助 裁判官 丹生義孝 裁判官 佐藤秀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例